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昔の写真
旧かね吉店舗

かね吉は明治30年、近江八幡出身の山本末吉により、当時の大津市橋本町8番地、現在の大津市中央一丁目京都信用金庫大津支店前の角地に精肉店として創業しました。
角地に店を構えていたこと、かつ創業者の名前から店舗名を「かね吉」としました。

牛肉を扱う確かな目を見込まれて、宮内省の御用達として近江牛を納めておりました。また高級品としての贈答用に商品券も販売も行いました。当時は高級牝牛専門店として、他の精肉店とは一線を画しており、大変繁盛しておりました。

創業者の末吉が亡くなり2代目の山本正雄が後を継ぎますが、太平洋戦争中に正雄は若くして病死。 三代目となる山本公子は当時はまだ10にも満たない子供だったため、正雄の妻の保子が経営を担うことになります。
戦後は旧今堀町、現在の浜大津3丁目に、料理旅館を開店。実家が京都のお茶屋であった保子が女将として店を取り仕切り、精肉店と料理旅館と2つの店を経営します。
近江牛を知り尽くしているかね吉の料理は評判となり、「近江牛のじゅんじゅん(すき焼き)といえばかね吉」と言われるようになりました。

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その後、皆様にもっと美味しい料理を食べていただきたいという気持ちから、料理店一筋の店舗となり、さらなる努力して参りました。
近江牛料理の老舗として、数々のテレビ番組にもご紹介頂き、首相経験者を始め、各界最前線で活躍する著名人の方々もご来店されました。現在では、かね吉の味を求め、県外や外国から多くのお客様にも来ていただき、ご贔屓していただいております。

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旧三井寺店舗で使われていた瓦
現在も庭の一角に飾られている

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贈答用として販売されていた商品券
宮内庁御用達と記載されている

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かね吉は、近江牛の老舗料理店として
数多くのメディアや著名な方々の作品に取り上げて頂いております。
その一部をご紹介いたします。

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「家守綺譚」 梨木香歩著書

時代は百年前。
小説家志望の男・綿貫征四郎が京都の奥、滋賀県に近い一軒家に住まい始める。
サルスベリの木に惚れられたり、飼い犬は河童と懇意になったり、庭のはずれにマリア様がお出ましになったり、散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第のこれは、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねている新米知識人の「私」と天地自然の「気」たちとの、のびやかな交歓の記録――。

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「ユタが愛した探偵」 内田康夫著書

琉球王家伝来の滋賀県彦根の名物行事「ブクブク茶会」。沖縄から参加した式香桜里には「神の子」といわれる予知能力があった。彦根で彼女の素性を探っていた男が、一週間後沖縄の聖地・斎場御嶽で死体となって発見された。男はスキャンダル雑誌の社長だった。彼の関係者からの依頼を受けた浅見光彦は真相解明のため沖縄に向かう。

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